歌川(安藤)広重の浮世絵に「東都大傳馬街繁栄之図(とうとおおでんまがいはんえいのず)」というのがあります。
こちらです。 ![]() これは現在の大伝馬本町通り(日比谷線小伝馬町駅からこのCreative Hub131に来る時に通る大きな車道)を西方向に覗いた構図だそうです。 両脇の木綿店(もめんだな)の店舗はすべて、うだつ(2階の境目の様なもの)がつけられ、桟(さん)は漆塗り、そして当時江戸のなかでここだけは許されていたという銅葺き(どうぶき)の屋根という豪勢なつくりの問屋街です。 その先には富士山がみえます。 かつて、この土地(大伝馬町)が、木綿店・肴(さかな)店で賑わい、 江戸のまさに中心地であったことを感じさせる景色です。 *** 「大江戸町人アカデミー」第1回目の講師である石倉先生は、 まさにこの大伝馬町生まれで、 約10年間、この日本橋大伝馬町一之部町会の会長を 勤めてこられた大伝馬町の重鎮です。 末尾の略歴にもあるように極めて理系な方ですが、 ちょうどこの大伝馬町がこの地に根付いてから「遷移発足四百年」を記念する会を催すに際し、2006年1月より、かねてより独学なさっていた草書の知識をもとに、古文書に基づきその証拠を調べ始めたという経緯から、今回の講座の講師となっていただくことになりました。 ![]() *** ところでわたし自身は AANに加わって以来、大伝馬町という町に訪れるようになって早くも1年ほどになりますが、 今回のお話で改めて知る‘大伝馬町’がたくさんあったので、 それらをダイジェストでご報告したいと思います。 「大伝馬町はもとからここにあったのではなかった」 →伝馬とは、馬の背に荷物を載せて宿から宿へ運ぶ制度のことで、それを取り仕切る伝馬役を仰せ付かっていた馬込勘解由(まごめ・かげゆ)という人が村長(むらおさ)をしていた宝田村が もともと江戸城近く(現在の東京駅附近)にあったそうです。 慶長11(1606)年、江戸城が数倍に拡張され、この宝田村が、城の中に入ってしまうことになるので、お上より命ぜられて、現在の場所に移転し、村長(むらおさ)を務める馬込勘解由(まごめ・かげゆ)が旧大伝馬町二丁目あたりに屋敷地を配領しました。 その場所が、石倉先生がお持ちのビルの前だということです。何とも縁の深い話です・・・。 「下町とは今の意味合いでの‘下町(山手/下町の対比)’ではない」 →いま「下町」と言われているのは、一般的に「山手」との対比的な意味合いがありますが、 江戸時代に大伝馬町のあたりがそう示されたところの下町は、そもそも<城下町>という 意味合いのものでした。それはもともと江戸城近くに大伝馬町があったことからもしのばれます。 「江戸三大祭り以前に‘天王祭り’があった」 →今でこそ、[江戸三大祭り(神田祭・山王祭・深川祭)]が有名ですが、それ以前にすでに江戸先住民の お祭りとして「天王祭り」というお祭りがあり、その祭りの中心はまさに大伝馬町界隈でした。 その後家康によって今の祭り(三大祭り)のもととなる「天下祭り」が創設されたのですが、この祭りでも大伝馬町はその中心にあり、大伝馬の山車(諫鼓鶏:かんこどりですが、‘閑古鳥’とは全く異なるものです。国の泰平を意味する鶏)はいつも一番山車とされていたそうです。 「べったら市がひらかれる寶田恵比寿神社のご本尊(恵比寿像)は、家康公から下賜されたものだった!」 →毎年10月19・20日の両日、このCreative Hub131近くの寶田恵比寿神社を中心に お御輿などもにぎやかに担がれながら、露店の多くがべったら漬け(大根)を売っている「べったら市」ですが、そもそもは宝田鎮守社が先ほど取り上げた馬込勘解由(まごめ・かげゆ)邸(私邸)に移され、家康から恵比寿講の前夜 祭として興ったお祭りだそうです。しかも最初は大根ではなく「肴(魚)」を売る市から「大伝馬の腐市(くされいち)」となり、そこからさらに浅漬大根を売る「べったら市」になったということでした。 ちょうど大伝馬町が現在の場所に移転してきてから400年を記念した平成18年(2006年)、 大伝馬町一之部町会会長を務めていらっしゃった石倉先生は、本当にその年に起源するのか どうか、古文書をあたることにしました。 江戸東京博物館の方からも「明暦三年の大火で古文書はすべて焼けてしまっているから無理でしょう」と言われていたのが、マイクロフィルムのなかから、それから100年以上後に奉行所が各町会に、町会の歴史を書いて出せというお触れを出したという、それを証する書類を発見し、独学の草書の知識をもとにそれを検証したというのですから驚きです。 その際、近所の寶田恵比寿神社より大規模な、椙森(すぎのもり)神社がべったら市の発祥で、 寶田神社はそれに付随したと書かれている書類を発見し、それが、中央区史・日本橋区市を始めその他続々と出てきたことに対し、 石倉先生はその誤りを正したいと考えておられます。 ・・・ 考えてみれば、いまの世の中、玉石混交な文章がネットを通じて出回っているので、それを鵜呑みにし、 史実・事実であるかのように記載されているものは、たしかにパソコン出現前より増えているように 思われます。 そんなことに警鐘を鳴らしたお話でした。 最後に石倉先生にご紹介いただいたのが、 先生が作詞作曲なさったという「べったら市」の曲(作詞・作曲 石倉知之、編曲 斉藤弦太、歌 さこみちよ)です。 聴いているだけで楽しくなるような「べったら市」の曲。 今年もあと2ヶ月ほどで訪れますが、 本年はわたしたちAANも何かしらのかたちで参加をしたいと思っています。 是非、本来のお祭りともども楽しみにしていて下さいね。 ![]() ![]() (林) <講師略歴> 石倉知之(いしくら ともゆき)先生 -大伝馬町生まれ -東京大学農芸化学学科卒業 -テキサス大微生物学研究室(フルブライト留学) -メルシャン常務取締役 -大伝馬町一之部町会会長(H14~H24年まで歴任)
by a-a-n
| 2012-07-07 23:09
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